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クリトリスという器官は古典医学においても知られていたが、アラビア医学と中世医学においては、大きな混乱があった。用語の問題や実際の解剖経験の欠如があって、具体的にはどの器官をさすのか、医者たちは厳密には理解していなかった。16世紀にはいって、解剖学者たちが古典医学テキストと実際の解剖をつきあわせることをはじめると、フランスのシャルル・エティエンヌや、パドヴァのファロッピオやコロンボといった解剖学者たちが、その器官を「発見」したが、その意義についての見解は統一されていなかった。エティエンヌはそれは極度に敏感で、女性の快感の源であると考えたが、ヴェサリウスはそれは女性性器に生じた病理的な腫れ物であると考えて、新しい器官を発見したと浮かれている同時代の解剖学者を批判している。